織田信長の実弟、有楽斉。自分の身を守るため、織田家から豊臣家、徳川家へと身を移しながら、
晩年、武家を捨て千利休の元、日本でも指折りの茶人となりました。そして彼が晩年に京都建仁寺に茶室如庵を建て隠居生活を送ったといわれています。そして、その建物が今、犬山に移されています。
如庵は国宝になっているため、お茶会は、「弘庵」というお茶室で行われたのですが、
この如庵が特別公開中ということで、中に入らせて頂きました。
六畳あまりで大人7人ほどしか入れないお茶室。しかし、そこには、先人が考案した日本の美と実用性を凝縮した造りになっており、なんとも雅な、なんとも奥ゆかしい空間でした。部屋には、外の明かりが
差し込むように窓が沢山造られているのですが、その中には、今でいう「ステンドグラス」の役割をする
「有楽窓」(外側から竹が詰め打ちになっていて障子に外の光が彩りを作り出す)や、月の光が差し込むように、天井にも窓が造られており、まるで、時空を超えて、現代の建築技法を先人は考案していた
という驚くべき空間でした。この茶室で、どなたが、どんなお話をしながら、お茶を頂いたのか、創造するだけで、ロマンが広がっていきます。
お茶室如庵・・・そこには、侘びと寂びが、なんとも表現できないバランスで存在するのでした。