それって当たり前なの?

先日、ママ友と話をしていた時のこと。
「周りを見ると、子供が2人、3人いることって当たり前みたい」って彼女。
「・・・・・」(私)
その「当たり前」という言葉に引っかかった・・・。こうして私は幸せなことに今、わが子を授かり腕の中で
抱いている。私からすれば、「奇跡」に近いこの姿。検査で医者に妊娠は無理だと宣告されていた私にとっては、ありえなかった出来事。世の中には何万と神様に祈り続けても子供を授かれない夫婦や高い治療費を投資しても何度も失敗し、妊娠をあきらめる夫婦もいる。流産を何度も繰り返してやっと授かる夫婦。私はそういう夫婦を数々目にしているため、妊娠ということの「奇跡」を肌で感じる。
女性の「畑」と男性の「種」がお互いにマッチングする奇跡。そこには、数々の微生物に打ち勝つ力、
肥料の力、そして畑と種、お互いの健康な状態、全て条件がそろわないとできない。
皮肉なことに、一方では、「できちゃった婚」や、2人、3人・・・と子宝に恵まれる夫婦もいる。今じゃ、
中絶なんて数は、はかりしれない。妊婦の20%が中絶する今の世の中・・・。
そんな方たちには、この「奇跡」と「ご縁」の話なんて、何度話をしたところで、理解できないだろう。子供が欲しいと思えば、できてしまうのだから、当然かもしれない。
そもそも「当たり前」という言葉は、誰が作った言葉なのだろうか・・・。朝、目覚めて朝食をとる。
食べたいものをスーパーで買う。子供は学校に出かけ、気が向けばゲーム機で遊ぶ。夜は、お風呂にゆっくりつかってテレビを見て就寝。
こんな日常的に行われる行動も、「当たり前」と思うかもしれないが、世界に目を広げれば、どこかの
町には、これは「当たり前」ではない。明日を生きるために子供でさえ働く。ある国の田舎に行けば、
30年以上変わらない風景の中でその土地での同じ生活が営まれていく。その人にとっては、「当たり前」の生活。旅行に行くと、いつも思う・・・「人間の順応性」の知能の高さを。
お店やデパート、ホテルでサービスを「当たり前」のように横柄に振舞う客を度々目にする。
あの方たちは、店員が腹の中で笑っていることに気づいていない・・・なんて品のない人であろうかと。日本は特にサービス過剰のところがある。外国のように、すべてチップ制にすれば、いいのに・・・と
いつも思うのだが、サービスをしていただくのも、これも「ご縁」なのに。
私たちの生きている世界は、「奇跡」と「ご縁」によって、成り立っている。自分が幸せに暮らせるのも、
「自分」の力ではなく、他の方の助けの「ご縁」のお陰。そしてそのめぐり合いも「奇跡」。
何事も「当たり前」と思わないように、私は今日も生活したい。