私たちの行き先

「私には子供がいる。わたしには財産がある」愚かなものはこういっては、心を悩ませる。
けれどわたしだって、ほんとうはわたしのものではない。
だったらどうして子供がわたしのものだろうか?財産が私のものだろうか?」
こちらは、古い中国の歌「愚かな人」という歌。
子供を授かって思うこと。私たちは、常に試されて勉強させられているということ。子育てとは、親育てだということ。そして、その子供も、この歌のように、「私たち夫婦」の所有物ではなく、地球の、宇宙の所有物であるということ。親も子も互いに自立して、「人」として生きていくために、私たちは、「親」「子」
という代名詞をいただいているのでしょう。人類が生きていくために作られた人間としての使命ではないかと。
今日は、娘の一歳の誕生日。私は、この子を世に送り出すために存在する「親」である。やがて、
私は、実の親がしてくれているように、娘の人生を見守りながら土に還る。私という肉体は、
地球の土に還される・・・・・。娘へ~お誕生日おめでとう。私は、私自身が土に還るまで見守りますね。